コワーキングに求めるのは戦友

このポストはコワーキング・アドベントカレンダー2011参加ポストです。

今の関西のコワーキングは、正直モノ足りない。たしかにコワーキングはフリーランスにマッチした仕組み。フリーランサーの一人として、それは理解できる。世間一般の認識では、フリーというと、組織に嫌気がさして独立したのか、というイメージを持たれがちだけど、自分の場合はそうでもない。むしろ、会社員時代にはあって今には足りない楽しさもあって、縁があるなら会社員に戻ってもいいかなあ、とも思う。

思い返すと、テレビ局勤務時代、20~30人ぐらいのチームでシフトを組んで仕事をしていた。それだけの人数がいると、人の好き嫌いは出てくる。もちろん、プライベートでは話したくない人もいた。でも、こと仕事に関してだけは、別け隔てなくみんなプロフェッショナルとして尊敬できる人たちだった。どんな嫌いな人であっても、タスクを抱えて残業しているなら、みんなでタスクを分け早く帰れるよう配慮する。たしかに大組織の仕事の難しさ、面白くなさみたいなものを感じることもあったし、激務で中々帰れない、体調を崩したりもしたけれど、あの頃の仕事のしかたは楽しかったなあ、と今でも思い返す。

コワーキングの出会いから始まった仕事もあったけど、基本的にはフリーランスの延長で、やりとりや納品は全部ネット経由。それじゃ今までのフリーランス仕事のしかたと大して変わらないし、コワーキングスペースで隣に座って仕事していても、別々の仕事をしていたのではただの「お隣さん」。同僚という意味の「Coworker」ではなく「Neighborhood」でしかない。そこが今感じているモノ足りなさだと思う。

ふと、コワーキングがらみで「ああ、仕事してるなあ」と実感できたのは、JUSO Coworkingのスライドを作った時だった。だいたい1週間ぐらいで全部作ったのだけど、締切直前にはコワーキングスペースで、スピーカーである深沢さんと一緒に追い込み制作したのはとても楽しかった。久しぶりにテレビ局時代の仕事の楽しさを思い出せた。大変な仕事を同じ空間で乗り越えると、それが同僚から戦友に変わるのだと思う。そして、戦友と一緒に飲むビールは格別に美味い。

個人的な理想のコワーキングは、コワーキングスペースに仕事が舞い込み、それをみんなでシェアして制作するような仕組み。そんなことを昨日のコワーキング・フォーラム懇親会のLTでお話したら、「東京のコワーキングスペースではそんな人ひとりも居ないよ。みんな自分でやりたい仕事を自ら作っている」というようなお叱りを受けた。

でも、それはちょっと違うんじゃないかな。デザインは得意だけど、企画や営業は苦手な人だっているだろうし、誰しもが最初から最後まで何でもできるわけじゃない。特に企画とかそういうことを出入りする全員に課すのは違うと思う。東京のコワーキングに足を踏み入れたことはないけど、そういう「意識の高い人たち」だけのものなってるんじゃないか、と感じる事が多い。僕の嫌いなこの言葉、意識の高い人たち以外は、みんな意識が低いのか? 自分でアクション起こせない人はみんな意識が低いのか? そういう人たちはコワーキングスペースに来たらいけないの? そういう人たちをフィルタリングをしないから、僕はカフーツJUSO Coworking小脇にコミットし続けるのだと思う。インキュベート? スタートアップ? そんなものに僕は興味ない。興味ある人達だけでやったらいい。ただ単に人と顔を付きあわせてモノを作るのが好きな僕は、それが出来るのなら、どんな仕事でもどんな場所でも楽しんでできると思う。そんな場所に、コワーキングがなってほしい。